2015年04月06日

伊東温泉と桜と

週末、久しぶりに伊東温泉へ行った。
松川の桜をながめながら、いつもの居酒屋へ急ぐ。
ちょっと出遅れたせいか、すでに一時間待ちとなっていた。

やっと順番が来て入店し、金目鯛の煮付け、うずわ(そうだがつおの別名らしい)のたたきなどを食べていると、西洋人のカップルが入店。
しばらくして別の西洋人の3人グループが入ってきた。

はしを使って、苦労しながら魚の煮付けや干物を食べている。

伊東温泉もグローバル。
IMG_4632.jpg

IMG_4635.jpg

IMG_4638.jpg
posted by Tack at 09:32| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっと遠くまで

2015年04月03日

平目漬け丼と海嘯記念碑

3月に東北旅行に行った。
東北新幹線に乗り、仙台と八戸に宿泊したのだ。

八戸の宿では、窓から線路が見えた。聞いてみると「青い森鉄道」とのこと。
調べてみたら、これ、もとは東北本線だったのですね。
東北新幹線が開通して、東北本線は盛岡までとなり、その先は「いわて銀河鉄道」と「青い森鉄道」になったということだ。
知らなかった。
東北本線って、上野ー青森だとばっかり思っていた。

さて、最終日、八戸駅から八戸線に乗り、陸奥湊駅へ。
駅のそばにある、みなと食堂での平目漬け丼が目当て。

平目漬け丼.jpg
平目漬け丼えんがわ半々。
美味でした。

帰りに港を見下ろせる公園まで散歩して見つけたのがこの記念碑。

image.jpg

海嘯記念碑。
昭和8年の「昭和三陸沖地震津波」のあとに建てられたということだ。
「地震海鳴りほら津波」というわかりやすい言葉が書かれている。

今回の旅で、この記念碑がいちばん印象に残った。
posted by Tack at 09:35| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっと遠くまで

2014年03月27日

ニセコは外国人だらけ

もう2ヶ月ほど前になるけれど、北海道に家族旅行に行ってきたのだ。
ニセコに泊まり、スキー三昧である。

【一日目】

ニセコバス.jpg
新千歳空港からツアーバスに乗ってニセコまで。

宿泊したホテルは「ヒルトンニセコビレッジ」。
旧ニセコ東山プリンス新館である。
最後にニセコに来たのは20年以上前。
だいぶ変わっている。
なにより、外国人率が高い。ホテルで見たところ、7割は外国人である。
で、従業員も半分以上外国人である。

チェックインでフロントに並んでいたら、西洋人の係にあたってしまった。
いきなり英語で話しかけられ、しどろもどろしてしまった。
どうやら彼は日本語が話せないか、または話す気がないらしい。
ここは日本だし、たとえヒルトンといえども日本人の宿泊客には日本語で接してほしいな。
ほんとに。

【二日目】

二日目の朝.jpg
二日目の朝はほんとーにいい天気。
気持ちいい。

ゴンドラに乗って.jpg
ホテルの目の前にゴンドラ乗り場がある。
なんだか近代的。

山頂も晴れ.jpg
山頂はこのとおり!
空の青さが目にしみる。

歩いて登る人たち.jpg
リフトの終点から歩いて登る人たちの列ができていた。
少しでも高いところから滑りたいんだろうな。

羊蹄山もきれい.jpg
羊蹄山もきれいだ。

【三日目】

ANA丼.jpg
三日目は悪天候になってしまったので、電車で小樽まで出た。
小樽駅前の三角市場内のお店で食べたANA丼。
なんだかとても欲張りなどんぶりである。

北一硝子.jpg
北一硝子三号館に行っておみやげを買い、お茶をしたのだ。
ステンドグラスがすてきである。

小樽ビール.jpg
もちろん小樽ビールにも行きました。

【最終日】

さっぽろ雪まつり.jpg
最終日は朝いちばんで札幌へ移動。
雪まつりへ。
天気はよかったけど、めっちゃ寒かった。。。

スープカレー.jpg
目玉焼きライス.jpg
お昼はスープカレー。
ベンベラ・ネットワークという名前のお店。
なんだか昭和でアメリカンななつかしいディープな雰囲気なのお店だったけど、カレーはとってもうまい。

onちゃん.jpg
札幌に寄ったついでにHTBへ。
onちゃん。

例の番組.jpg
この番組を作っているテレビ局なのだ。

例の場所.jpg
テレビ局のそばにある例の公園へ。
聖地である。
もちろん、ここでポーズをとって記念撮影しました。

そうそう、往きの飛行機に置き忘れた文庫本がちゃんと保管してあって、新千歳空港のカウンターで受け取ることができました。
ANAの係の方、ありがとう!

ニセコは外国人だらけだったけれど、丸一日ピーカンで気持ちよく滑れたし、雪質も抜群だったし、小樽にも行けたし、おいしいものを食べたし、札幌の雪祭りにも行ったし、それからHTBまで行ってしまったし、ちょっと忙しかったけれど、1月に母を亡くし、お葬式を済ませたばかりで、旅行はキャンセルしようかとも思ったのだけど、息子の大学が決まった記念の旅行でもあったし、沈んでばかりいるのもいやだったし。

でも、いい旅でした。
posted by Tack at 00:33| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっと遠くまで

2012年10月27日

紅葉の奥蓼科

蓼科に来ている。

昨日は奥蓼科にある御射鹿池に行った。
東山魁夷の「緑響く」のモチーフとなったという場所だ。

カーナビをたよりに目的地に着くと、道の脇に池がある。
思いのほか簡単に着いた。
4台ほど止められる駐車スペースはすでにいっぱいで、少し離れた道路脇に車を止めた。

池の脇に降り立つと、すばらしい紅葉が池に写り、その美しさは息を飲むほどだった。

御射鹿池1

御射鹿池2

御射鹿池3
本当に美しい。
来てみてよかった。


御射鹿池4

今はシーズン真っ盛りということで、大きなカメラを担いだ中高年の団体がバスをチャーターしてきていたり、けっこうにぎやかだ。
こんどは新緑の季節に来てみたい。
posted by Tack at 10:31| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっと遠くまで

2012年05月22日

東京タワーへいったのだ

きょうはスカイツリーの開業日である。
朝からテレビで特集されている。
でも、入場券はなかなか手に入らないのでまだ行けない。

で、先週の土曜日、晴れていたので東京タワーに行ったのだ。

東京タワー
小学校のとき行った以来かな。
スカイツリーにはかなわないけど、やっぱり高いのだ。

夜景
夜景がきれいだ。
特別展望台へのエレベータは1時間待ち。
けっこう混んでいるのだ。

バラとタワー
それでもけっこう楽しめた。
このライトアップは「ダイヤモンド・ヴェール」。

六本木でワイン
で、やっぱり帰りは六本木のバールでワインなのだ。
posted by Tack at 08:30| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっと遠くまで

2012年05月12日

どうでしょうトランプ

息子が高校の修学旅行から帰ってきた。
4泊5日の北海道旅行である。

HTB横
息子が撮影してきたHTB横の公園らしき場所。
水曜どうでしょうのオープニングとエンディングで使われる場所である。

ここを上から自分で走り降りてくる動画も撮って帰ってきた。
なんだかうらやましいぞ。

トランプ
おみやげで買ってきた、水曜どうでしょうトランプ。

大泉洋がオーロラを観察に行ったアラスカで、雨が降ってまったくオーロラが見えない中、部屋でひたすらひまつぶしに書いていたやつである。
商品化されているとは知らなかった。

HTBおそるべし。
posted by Tack at 17:43| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっと遠くまで

2012年05月09日

箱根で懐石料理

箱根に来ている。
GW明けの箱根は道も空いていて快適である。

まずビール
宿に着いたら、風呂に入ってまずビール。
今回は部屋にも温泉がついている。

木の上に小鳥
ビールを飲んでいると、木の上に小鳥が。

突出し2
レストランで懐石料理。

ワインは勝沼醸造のアルガブランカ・クラレーザ ・ディスティンタメンテを選択。
甲州種をシュールリーという醸造法で作った白ワインである。
和食によく合う。

ごちそうさま。
posted by Tack at 07:08| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっと遠くまで

2012年05月03日

羽田空港

羽田空港
きのうの羽田空港。

でも、旅行に行った訳ではありません。
連休明けに修学旅行に出かける息子の、朝の集合場所まで行ってみただけなのである。これが。

修学旅行、晴れるといいな。

posted by Tack at 19:54| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっと遠くまで

2012年04月30日

曇り空と富士山

きょうは朝から曇り空だ。

4月30日の富士山
曇り空と富士山。
きょうはこれだけ。
posted by Tack at 15:30| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっと遠くまで

2012年04月29日

富士山のふもとで久しぶりにダッジオーブン

5年ぶりぐらいでダッジオーブンを物置の奥から引っ張りだしたのだ。

ダッジオーブン
これは10インチのダッジオーブン。
トマトソースを煮込んでみた。
成功。

鳥まるごと
きょうはこれを調理するのだ。
やっぱり丸ごと鶏一羽なのだ。

ダッジ2
12インチのダッジオーブンをプレヒートし、鶏を入れたのだ。

ローストチキン
焼き上がり。
うまかったのだ。

富士山0429
富士山のふもとでダッジオーブンでローストチキンなのだ。

posted by Tack at 15:06| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっと遠くまで

2012年04月28日

いつもの山中湖

いつもの山中湖に来ている。
ここのところ、5月の連休はいつも山中湖なのだ。

4月28日の富士山
今朝の富士山。
きのうの雨も上がり、快晴である。
富士山は何回見ても見飽きない。

コートシャロネーゼ
昨夜は到着早々、ワインを開けた。
ブルゴーニュのコートシャロネーズ地方のピノノワールのワイン。
連休に乾杯!
posted by Tack at 08:20| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっと遠くまで

2012年04月06日

「東山旧岸邸」と「とらや工房」と

昨日、箱根の帰りに御殿場の「東山旧岸邸」と「とらや工房」に立ち寄った。

とらや工房
ますはとらや工房。
庭園の前のオープンテラスでくつろぐ。

お汁粉
軽いランチにしようと思ったのだけど、軽食は売り切れでお汁粉なのだ。
ほかに桜餅も食べた。

水受け石
石。

東山旧岸邸
「東山旧岸邸」。
邸宅内の庭園から撮影。

ここは「昭和の妖怪」と呼ばれた岸信介氏が晩年の17 年を過ごした邸宅である。
2003年に御殿場市に寄贈され、その後、公園として御殿場市が整備しているそうだ。
とらやは御殿場市に工場があり、その関係からかこの公園の管理を行っている。

庭
和室に座って庭を見る。
ここで、政治のあれやこれやを考えていたのだろうか。

東条内閣で商工大臣、戦犯、自民党結党、総理大臣、安保条約などなど。
首相退任後も、その後の福田赳夫、安倍晋太郎をはじめとして多くの内閣に影響をおよぼしたと言われている。
やっぱり「昭和の妖怪」である。

庭2
小川が流れる和風の庭園。

このあと、御殿場プレミアムアウトレットに行き、帰路についた。
posted by Tack at 09:14| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっと遠くまで

2012年04月05日

もう16年

きのう、あんまり天気がよいので急に思い立って出かけることにした。

草季庵のそば
途中、御殿場のそばや、「草季庵」に寄る。

僕はからみ大根せいろ。
茶碗でつゆとからみ大根おろしをまぜ、そばつゆにする。
大根がめっちゃからい。でもうまい。
帰りにわざわざ厨房から出てきて見送ってくれたご主人の姿が記憶に残る。

富士山
長尾峠から見た富士山。
「まるで風呂屋のペンキ絵」のよう。

イタリアン
夜は箱根でイタリアン。

東の空にまたたく星を見ながら露天風呂に入る。

そういえば、やはり4月に家族と実家の母をつれて伊豆半島一周旅行に出かけたことがあった。
それまで勤めていた会社をやめて独立した記念だった。

あれからもう16年経つ。
僕はなんにも変わっていない。
posted by Tack at 06:40| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっと遠くまで

2012年03月29日

奈良の元気なおばちゃんたち

昨日、出張途中で空き時間ができ、ドトールでパソコンを開いていたら、となりに3人組のおばちゃんたちが入ってきた。
このおばちゃんたち、実にかしましい。

バス旅行の話から始まり、つぎには腰が痛いとかひざが痛いとかの話。
聞きたくなくても、狭い店内のとなりの席なのでいやでも耳に入ってくる。
そのうち、外を知り合いのおばちゃんが通ったらしく、ガラス越しに手招きして、4人組になってしまった。

「いやあ、わたしも腰がいたなかったら、こないだの旅行一緒に行ったのになあ。こんどは絶対行くわ。」

などとひとしきりおしゃべりしたあと、このおばちゃん、なにも飲まずに出て行ってしまった。
また元の3人組に戻ったおばちゃんたち、こんどは小学校の同級生に偶然会ったっという話。

「いやあ、名前思い出せへんかったわ。」
「むこうから声かけられてん。」
「いやあ、すてきやわあ。ロマンスになったりして。」
「そんな、ひやかさんといて。」

と言いながら、まんざらでもなさそうだ。

僕は移動の時間になって、一時間ほどで席を立ったのだけど、その間ずっとかしましい話のとなりにいた。。

元気なおばちゃんたちって、実にすばらしい。
となりに座っていただけで、こちらもなんだか元気になった。
こんなおばちゃんたちだらけなら、日本もだいじょうぶなどという気持ちになる。

なんだかうれしい。

posted by Tack at 09:38| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっと遠くまで

2012年03月28日

富士山と電信柱とiPhone

きょうは春本番で暖かくなるけど、全国的に不安定なお天気なんだそうだ。

ところで、昨日から出張に来ている。

富士山1
途中、新幹線から見えた富士山。
電信柱がななめに写っている。

富士山2
こちらの写真でも電信柱が斜めだ。
近くの電柱ほど斜めに写る。
上のほうから順にスキャンしているせいかな。僕のiPhone3GS。

米原付近
米原付近から見えた山は雪をかぶっていた。
最近降ったみたいだ。
posted by Tack at 09:12| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっと遠くまで

2012年03月22日

高速道路が無料だった

いまは花粉のピークの時期で、その中でもきょうは特に花粉が多いともよこちゃんが教えてくれた。

そういえば、東北自動車道の料金がとても安くてびっくりした。
帰ってきてから調べたら、「被災地支援・観光振興」のための措置で、去年の12月1日から白河以北の区間が無料になっているということだ。
今年の3月末までの時限措置ということだが、できれば4月以降も続けてほしいな。

南三陸パノラマ
何年か後にぜひ復興した町を訪れてみたい(南三陸町) 。
posted by Tack at 08:40| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっと遠くまで

2012年03月21日

一年後の被災地を見てきて思うこと

今回、震災から一年たった被災地を見てきた。

一年後の現状はといえば、
・津波の被災地のがれきは、がれき置き場に集められ、山のように積まれている。
・津波に流された地区の住宅は基礎を残すのみとなっているが、ここに新しく家を建てようとしている気配は今のところまったくない。
・避難所に避難していた被災者は2年間の期限付きの仮設住宅に入居している。
・同じ被災地でも松島のように比較的被害が小さかった場所はすでに復興し、観光客も多く訪れている。

それから、これはあたりまえなんだけど、被災地は南北にとても長く存在している。
かつて東北に何年も住んでいたこの僕でさえ、この感覚を忘れていた。
新幹線や高速道路ができて、距離が縮んだように錯覚していたのかもしれない。
今回、海岸沿いをずっと北上してみて、改めてこの距離の長さを実感した。

この長い距離の海岸線に沿って津波の被災地がとても多く存在している。
また、同じ被災地でも津波の被害にあった地域とあわなかった地域でまったく様相が異なる。これは地形におおきく関係している。
それから、おなじ地区でも津波が達しなかった場所は家屋もそのまま残っている。

自治体別に見るとそれぞれ事情が異なる。
・一部の地区だけが津波に流された自治体
・市街地の大部分を流されてしまった自治体

また、それぞれの自治体の規模も異なる。
・仙台市のような大都市
・石巻や気仙沼などの地方都市
・女川町や南三陸町などの中小の自治体

津波の被害だけに目がいってしまいそうだけど、津波がこなかった地区でも、免震ではなかったマンションにひびが入ったり、傾いたりして住めなくなってしまった建物が多くあるそうだ。

横浜に住んで震災のニュースを見聞きしているだけでは被災地はどこも同じように考えてしまいがちだけれど、自治体、地区、集落それぞれで事情が異なる。
それぞれの地区の事情にあった復興計画が必要なのだと思う。

それになにより忘れてはいけないのは、原発事故の問題である。

今回見てきた光景は、僕も妻も息子も一生忘れないと思う。
posted by Tack at 08:48| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっと遠くまで

2012年03月20日

南三陸〜気仙沼〜平泉〜那須高原

きのうはまず南三陸市内へ。
もう30年以上前にいちど訪れたことがある。
そのころはまだ志津川町と呼ばれていた。

志津川病院
志津川病院。

志津川病院の花.JPG
病院玄関に置いてある献花台。
ここでもたくさんの方が亡くなった。

4階まで浸水(志津川病院)
病院新館の4階のガラス窓に水位の線が残っている。
3階までは完全に水没し、4階も半分以上水没したようだ。

志津川病院のがれき
まわりのがれきは片付けらていたが、病院の2つの建物の間にはいまだにこまかいがれきが残されている。

つぶれた車(南三陸町)
病院の向かい側の建物の中につぶれた車があった。
なぜここに置いてあるのだろうか。

この建物はなんだったんだろう(南三陸)
この建物はいったいなんの施設だったのだろうか。

南三陸町のがれきの山
ここにもやっぱりがれきの山がある。

南三陸町防災対策庁舎
モニュメントのように立つ防災対策庁舎。
この建物でも多くの人が流された。
町長も含め、アンテナや非常階段の手すりにつかまったひとたちがかろうじて助かった話はもう何回も報道されている。
多くの人が訪れて、手を合わせていた。

志津川から県道221号線を通って清水浜へ向かう。
やはり、ところどころ、入り江に面した地区が津波で流されている。

気仙沼線清水浜駅
気仙沼線清水浜駅。
線路は完全に流されている。
まわりの住宅もすべて流され、一軒も残っていない。

清水浜から国道45号線に戻り、歌津へ。
南三陸町は志津川町と歌津町が合併してできた町だ。
その歌津町も大きな被害を受けていた。住宅はもちろん、駅舎や線路も流されている。
南三陸というと志津川ばかりが報道されるが、歌津の被害も相当なものだ。

歌津を過ぎ、また何か所が津波に流された地区を通り過ぎ、気仙沼市に入った。
本吉町ではとても広い面積が津波に流されいた。
ここは広く平らな土地が海に面している。そのためだろうか。

その後も何か所か津波に襲われた地区を通り過ぎ、気仙沼大島を右手に見ながら気仙沼市街地に入った。
ここは港のまわりの市街地が大きく被害を受けた。
被災を受けた市街地へ向かう道路は復旧工事中で通行止めだった。

気仙沼市郊外の古民家風のレストランで650円とは思えないような豪華なランチを食べた。
震災の影響でメニューを減らし、昼はランチのみの営業だそうだ。

気仙沼を後にして僕たちは平泉に向かった。
平泉の中尊寺の金色堂を見学し、その後、高速道路を一気に南下して宿泊地の那須高原に着いたのは夜の9時すぎだった。
posted by Tack at 19:08| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっと遠くまで

2012年03月19日

仙台から南三陸町へ

昨日は朝、仙台を出て、まず国道45号線を仙石線に沿って北上した。
塩竈を通り抜けて、松島で休憩。

松島の遊覧船
松島湾を一周する遊覧船に乗った。
ここを訪れるのは実に30年ぶりだ。
松島は多くの観光客でにぎわっており、ちょっと安心した。

松島を過ぎると、東松島市に入る。
仙石線の野蒜駅を通る。駅舎は壊れ、ホームの屋根はひしゃげたままになっている。
流された住宅地の真ん中に残っている線路は、よく見ると枕木が浮いたままになっている。
仙石線もこのあたりはまだ復旧していない。

がれきを運ぶダンプカーに続いて鳴瀬川の橋を渡ると航空自衛隊の松島基地がある。
ここも津波で大きな被害が出たらしい。
道路沿いに青いジェット機のレプリカがあった。
ブルーインパルスは大丈夫だったのかな。

鯨大和煮(石巻)
石巻市内に入り、しばらく走ると津波で流されてきた鯨大和煮のタンクが道の真ん中にある。
去年の11月に、ボランティアも参加して、道路にはみでていたタンクを中央に移動したらしい。
このタンクを撤去するかどうかはまだ決まっていないようだ。

花壇(石巻)
中央分離帯には花が植えられていた。

石巻の海沿いの道の両側には大量のがれきを集積したおおきな山がいくつもある。

石巻から国道398号線に入り、女川町へ向かった。
静かな万石浦沿いの道を過ぎ、山を超えると、女川町の市街地に入る。
道路脇の建物はことごとく流失し、いまは基礎だけが残っている。
町の中心部の大きな建物はいびつにゆがんで鉄骨がむきだしになっている。
コンクリートの建物が積み木をころがしたようにそのまま長方形のまま倒れている。

ところどころ、地盤沈下のため盛り土をしてある道路を通り、海沿いの道路に出た。
ここは「リアスブルーライン」と呼ばれる、風光明媚な区間だ。

小さな入り江が連なり、そのそれぞれが天然の漁港となり、入り江ごとに小さな集落が形成されている。
しかし、その集落の家々はことごとく流され、もう土台しか残っていない。
小さな山を越え、次の入り江が見えるたびにこの光景が目に入る。何回も何回も。
山道の道路脇にとつぜん仮設住宅が現れる。
きっと、入り江に面した集落で生活していた人たちがここにいる。

そんな中で、漁船が何艘か舫われ、漁業用の仮設テントが作られている場所もあった。
海はきれいに透き通り、とてもおだやかである。

雄勝町に出た。ここは2005年に石巻市になっている。
ここは小さな川に沿って、奥の方まで津波が押し寄せた。

がれき(雄勝町)
雄勝町のがれき置き場。
こんながれきの山がそこらじゅうにある。
地図からすると後ろに見えるのは雄勝小学校だろう。

いま、がれき処理の問題が連日報道されているが、確かに切実な問題だ。
とにかく大量にある。なんとか処理をしなくてはいけないと思う。
ただ、このがれきがすべてきれいに片付けられたあと、ここにはかつての町が戻ってくるのだろうか。
ここで生活していた人たちは戻って来れるのだろうか。
一年たった今、ここに来てみたけど、僕にはその姿がまだイメージできなかった。

トンネルを抜け、北上川に近づくと、広大な農地が津波に流されていた。除塩処理はどこまで進められているのだろうか。

たくさんの犠牲者を出した大川小学校わきの橋を渡った。
橋はところどころ流され応急処置が施されている。
北上川の護岸は盛り土され、道路は舗装しなおされていた。
津波はこの護岸を乗り越え、一度に何十人もの小学生を飲み込んだ。

仙台から海沿いに北上し、約120Kmで南三陸町のホテルに着いた。
南三陸町の市街地に入る手前の崖の上に立つ、眺望がすばらしいホテルだ。

志津川湾のウミネコ
ホテルの部屋の窓際に来た志津川湾のウミネコ。

志津川湾の夜明け
志津側湾の夜明け。
早起きの漁師たちが、わかめを取り入れに忙しい。
posted by Tack at 09:06| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっと遠くまで

2012年03月18日

仙台市若林区荒浜

仙台市若林区荒浜に立ってみた。

ガソリンスタンド.JPG
ガソリンスタンドは屋根と骨組みだけが残る。

荒浜ー基礎のみが残る風景.JPG
がれきが片付けられ、基礎のみが残る住宅地。

荒浜ーモニュメントのような家.JPG
なんとか流されないで立っていた家。屋上に流されてきた別の家の屋根が乗っている。

荒浜-墓地の風景.JPG
墓地には、流された墓石が集められ、積み重ねられていた。

荒浜小学校ー体育館.JPG
荒浜小学校の体育館は破壊の痕跡を生々しく伝えている。

荒浜小ーバイク集積.JPG
校庭にはなぜかバイクやトラクターの残骸が集められていた。

荒浜小ー二宮金次郎.JPG
校門前には流された二宮金次郎の像が戻されている。

荒浜の再生を心から願う.JPG
住宅地のあちらこちらに黄色いハンカチのツリーが作られていた。

伊達政宗の時代は.JPG
帰りに寄った青葉城址。
伊達政宗の時代も津波はあったのだろうか。

合掌。
posted by Tack at 07:49| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっと遠くまで