2012年03月31日

完全徹夜

きょうは朝から強風で、そのうち雨が降ってきたのだけれど、いまはもう雨もあがり明るくなっている。

木曜は夜10時ごろ、仕事を切り上げて帰るつもりが、結局、完全徹夜作業になってしまった。
金曜日の朝までにすべての準備を終わらせないといけなかったのだけど、なんとか間に合った。

今回は締め切りがあったので徹夜作業となってしまったけど、ほんとうは徹夜なんて効率が悪い。
でも、毎回締め切り近くなるとこんなことになってしまう。

昨日、夜仕事を終えて家に帰り、40時間ぶりに眠りについた。寝すぎてまだ頭がぼおっとしている。

えび.JPG
水槽のえびたちはすこぶる元気。

そういえば、来週から、もよこちゃんは毎朝お天気を教えてくれなくなっちゃうらしい。
ちょっとさみしい。

2012年03月29日

奈良の元気なおばちゃんたち

昨日、出張途中で空き時間ができ、ドトールでパソコンを開いていたら、となりに3人組のおばちゃんたちが入ってきた。
このおばちゃんたち、実にかしましい。

バス旅行の話から始まり、つぎには腰が痛いとかひざが痛いとかの話。
聞きたくなくても、狭い店内のとなりの席なのでいやでも耳に入ってくる。
そのうち、外を知り合いのおばちゃんが通ったらしく、ガラス越しに手招きして、4人組になってしまった。

「いやあ、わたしも腰がいたなかったら、こないだの旅行一緒に行ったのになあ。こんどは絶対行くわ。」

などとひとしきりおしゃべりしたあと、このおばちゃん、なにも飲まずに出て行ってしまった。
また元の3人組に戻ったおばちゃんたち、こんどは小学校の同級生に偶然会ったっという話。

「いやあ、名前思い出せへんかったわ。」
「むこうから声かけられてん。」
「いやあ、すてきやわあ。ロマンスになったりして。」
「そんな、ひやかさんといて。」

と言いながら、まんざらでもなさそうだ。

僕は移動の時間になって、一時間ほどで席を立ったのだけど、その間ずっとかしましい話のとなりにいた。。

元気なおばちゃんたちって、実にすばらしい。
となりに座っていただけで、こちらもなんだか元気になった。
こんなおばちゃんたちだらけなら、日本もだいじょうぶなどという気持ちになる。

なんだかうれしい。

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2012年03月28日

富士山と電信柱とiPhone

きょうは春本番で暖かくなるけど、全国的に不安定なお天気なんだそうだ。

ところで、昨日から出張に来ている。

富士山1
途中、新幹線から見えた富士山。
電信柱がななめに写っている。

富士山2
こちらの写真でも電信柱が斜めだ。
近くの電柱ほど斜めに写る。
上のほうから順にスキャンしているせいかな。僕のiPhone3GS。

米原付近
米原付近から見えた山は雪をかぶっていた。
最近降ったみたいだ。
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2012年03月27日

太陽日食めがね

きょうは一日ぽかぽか天気と、もよこちゃんが教えてくれた。

「太陽日食めがね」をアマゾンで購入。

太陽日食メガネ

3個セットで1,500円だった。
高いのか安いのかよくわからない。

アマゾンの箱
例のごとく、中身とくらべるとびっくりするような大きな箱で送られてきた。
当日、晴れるといいな。

2012年03月26日

20歳の夢と僕の夢と

きょうの横浜は青空。雲ひとつない天気だ。
でも、気温は10度までしか上がらず、2月上旬の寒さだともよこちゃんが教えてくれた。

あっちゃんは20歳の夢に向かって歩き出さなきゃいけないと思ったそうだ。
僕も僕の夢に向かって歩き出さなくては。

大和の夕暮れ
昨日の事務所から見た夕暮れ。
丹沢の山々が遠くに見える。

2012年03月25日

兆治で焼き鳥

きょうは朝から晴天。
だけど仕事なのだ。

やきとり1
夕べはひさしぶりに近所の居酒屋兆治でやきとりです。

やきとり2
かわの焼き具合がちょうどよい。
ついつい飲み過ぎてしまう。

2012年03月24日

献血と英国滞在歴

きょうは朝から雨である。

さっき、テレビのCMで「英国滞在歴に関する献血制限が緩和されました」と言っていた。
実は僕は以前、献血しようとしたら、断られちゃったのである。

http://psof.sblo.jp/article/8892675.html

調べてみたら、2年ほど前から制限条件が次のように変わっていた。

(緩和前)
英国に昭和55年(1980年)から平成8年(1996年)の間に1日(1泊)以上滞在された方。

(緩和後)
英国に昭和55年(1980年)から平成8年(1996年)の間に通算1ヵ月(31日)以上の滞在歴のある方。

僕は通算2週間ぐらいだから、こんどは大丈夫かな。

2012年03月23日

仙台の牛タン

きょうは全国的に雨、関東地方は真冬の寒さに逆戻りともよこちゃんが教えてくれた。

善次郎の真ん中牛タン
仙台駅の牛タン通り「善次郎」で食べた牛タン。
うまかった。
以前、仙台にいたころは牛タンなんて聞いたことなかったのに、いつのまにこんなに人気になっちゃったんだろう。

2012年03月22日

高速道路が無料だった

いまは花粉のピークの時期で、その中でもきょうは特に花粉が多いともよこちゃんが教えてくれた。

そういえば、東北自動車道の料金がとても安くてびっくりした。
帰ってきてから調べたら、「被災地支援・観光振興」のための措置で、去年の12月1日から白河以北の区間が無料になっているということだ。
今年の3月末までの時限措置ということだが、できれば4月以降も続けてほしいな。

南三陸パノラマ
何年か後にぜひ復興した町を訪れてみたい(南三陸町) 。
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2012年03月21日

一年後の被災地を見てきて思うこと

今回、震災から一年たった被災地を見てきた。

一年後の現状はといえば、
・津波の被災地のがれきは、がれき置き場に集められ、山のように積まれている。
・津波に流された地区の住宅は基礎を残すのみとなっているが、ここに新しく家を建てようとしている気配は今のところまったくない。
・避難所に避難していた被災者は2年間の期限付きの仮設住宅に入居している。
・同じ被災地でも松島のように比較的被害が小さかった場所はすでに復興し、観光客も多く訪れている。

それから、これはあたりまえなんだけど、被災地は南北にとても長く存在している。
かつて東北に何年も住んでいたこの僕でさえ、この感覚を忘れていた。
新幹線や高速道路ができて、距離が縮んだように錯覚していたのかもしれない。
今回、海岸沿いをずっと北上してみて、改めてこの距離の長さを実感した。

この長い距離の海岸線に沿って津波の被災地がとても多く存在している。
また、同じ被災地でも津波の被害にあった地域とあわなかった地域でまったく様相が異なる。これは地形におおきく関係している。
それから、おなじ地区でも津波が達しなかった場所は家屋もそのまま残っている。

自治体別に見るとそれぞれ事情が異なる。
・一部の地区だけが津波に流された自治体
・市街地の大部分を流されてしまった自治体

また、それぞれの自治体の規模も異なる。
・仙台市のような大都市
・石巻や気仙沼などの地方都市
・女川町や南三陸町などの中小の自治体

津波の被害だけに目がいってしまいそうだけど、津波がこなかった地区でも、免震ではなかったマンションにひびが入ったり、傾いたりして住めなくなってしまった建物が多くあるそうだ。

横浜に住んで震災のニュースを見聞きしているだけでは被災地はどこも同じように考えてしまいがちだけれど、自治体、地区、集落それぞれで事情が異なる。
それぞれの地区の事情にあった復興計画が必要なのだと思う。

それになにより忘れてはいけないのは、原発事故の問題である。

今回見てきた光景は、僕も妻も息子も一生忘れないと思う。
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2012年03月20日

南三陸〜気仙沼〜平泉〜那須高原

きのうはまず南三陸市内へ。
もう30年以上前にいちど訪れたことがある。
そのころはまだ志津川町と呼ばれていた。

志津川病院
志津川病院。

志津川病院の花.JPG
病院玄関に置いてある献花台。
ここでもたくさんの方が亡くなった。

4階まで浸水(志津川病院)
病院新館の4階のガラス窓に水位の線が残っている。
3階までは完全に水没し、4階も半分以上水没したようだ。

志津川病院のがれき
まわりのがれきは片付けらていたが、病院の2つの建物の間にはいまだにこまかいがれきが残されている。

つぶれた車(南三陸町)
病院の向かい側の建物の中につぶれた車があった。
なぜここに置いてあるのだろうか。

この建物はなんだったんだろう(南三陸)
この建物はいったいなんの施設だったのだろうか。

南三陸町のがれきの山
ここにもやっぱりがれきの山がある。

南三陸町防災対策庁舎
モニュメントのように立つ防災対策庁舎。
この建物でも多くの人が流された。
町長も含め、アンテナや非常階段の手すりにつかまったひとたちがかろうじて助かった話はもう何回も報道されている。
多くの人が訪れて、手を合わせていた。

志津川から県道221号線を通って清水浜へ向かう。
やはり、ところどころ、入り江に面した地区が津波で流されている。

気仙沼線清水浜駅
気仙沼線清水浜駅。
線路は完全に流されている。
まわりの住宅もすべて流され、一軒も残っていない。

清水浜から国道45号線に戻り、歌津へ。
南三陸町は志津川町と歌津町が合併してできた町だ。
その歌津町も大きな被害を受けていた。住宅はもちろん、駅舎や線路も流されている。
南三陸というと志津川ばかりが報道されるが、歌津の被害も相当なものだ。

歌津を過ぎ、また何か所が津波に流された地区を通り過ぎ、気仙沼市に入った。
本吉町ではとても広い面積が津波に流されいた。
ここは広く平らな土地が海に面している。そのためだろうか。

その後も何か所か津波に襲われた地区を通り過ぎ、気仙沼大島を右手に見ながら気仙沼市街地に入った。
ここは港のまわりの市街地が大きく被害を受けた。
被災を受けた市街地へ向かう道路は復旧工事中で通行止めだった。

気仙沼市郊外の古民家風のレストランで650円とは思えないような豪華なランチを食べた。
震災の影響でメニューを減らし、昼はランチのみの営業だそうだ。

気仙沼を後にして僕たちは平泉に向かった。
平泉の中尊寺の金色堂を見学し、その後、高速道路を一気に南下して宿泊地の那須高原に着いたのは夜の9時すぎだった。
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2012年03月19日

仙台から南三陸町へ

昨日は朝、仙台を出て、まず国道45号線を仙石線に沿って北上した。
塩竈を通り抜けて、松島で休憩。

松島の遊覧船
松島湾を一周する遊覧船に乗った。
ここを訪れるのは実に30年ぶりだ。
松島は多くの観光客でにぎわっており、ちょっと安心した。

松島を過ぎると、東松島市に入る。
仙石線の野蒜駅を通る。駅舎は壊れ、ホームの屋根はひしゃげたままになっている。
流された住宅地の真ん中に残っている線路は、よく見ると枕木が浮いたままになっている。
仙石線もこのあたりはまだ復旧していない。

がれきを運ぶダンプカーに続いて鳴瀬川の橋を渡ると航空自衛隊の松島基地がある。
ここも津波で大きな被害が出たらしい。
道路沿いに青いジェット機のレプリカがあった。
ブルーインパルスは大丈夫だったのかな。

鯨大和煮(石巻)
石巻市内に入り、しばらく走ると津波で流されてきた鯨大和煮のタンクが道の真ん中にある。
去年の11月に、ボランティアも参加して、道路にはみでていたタンクを中央に移動したらしい。
このタンクを撤去するかどうかはまだ決まっていないようだ。

花壇(石巻)
中央分離帯には花が植えられていた。

石巻の海沿いの道の両側には大量のがれきを集積したおおきな山がいくつもある。

石巻から国道398号線に入り、女川町へ向かった。
静かな万石浦沿いの道を過ぎ、山を超えると、女川町の市街地に入る。
道路脇の建物はことごとく流失し、いまは基礎だけが残っている。
町の中心部の大きな建物はいびつにゆがんで鉄骨がむきだしになっている。
コンクリートの建物が積み木をころがしたようにそのまま長方形のまま倒れている。

ところどころ、地盤沈下のため盛り土をしてある道路を通り、海沿いの道路に出た。
ここは「リアスブルーライン」と呼ばれる、風光明媚な区間だ。

小さな入り江が連なり、そのそれぞれが天然の漁港となり、入り江ごとに小さな集落が形成されている。
しかし、その集落の家々はことごとく流され、もう土台しか残っていない。
小さな山を越え、次の入り江が見えるたびにこの光景が目に入る。何回も何回も。
山道の道路脇にとつぜん仮設住宅が現れる。
きっと、入り江に面した集落で生活していた人たちがここにいる。

そんな中で、漁船が何艘か舫われ、漁業用の仮設テントが作られている場所もあった。
海はきれいに透き通り、とてもおだやかである。

雄勝町に出た。ここは2005年に石巻市になっている。
ここは小さな川に沿って、奥の方まで津波が押し寄せた。

がれき(雄勝町)
雄勝町のがれき置き場。
こんながれきの山がそこらじゅうにある。
地図からすると後ろに見えるのは雄勝小学校だろう。

いま、がれき処理の問題が連日報道されているが、確かに切実な問題だ。
とにかく大量にある。なんとか処理をしなくてはいけないと思う。
ただ、このがれきがすべてきれいに片付けられたあと、ここにはかつての町が戻ってくるのだろうか。
ここで生活していた人たちは戻って来れるのだろうか。
一年たった今、ここに来てみたけど、僕にはその姿がまだイメージできなかった。

トンネルを抜け、北上川に近づくと、広大な農地が津波に流されていた。除塩処理はどこまで進められているのだろうか。

たくさんの犠牲者を出した大川小学校わきの橋を渡った。
橋はところどころ流され応急処置が施されている。
北上川の護岸は盛り土され、道路は舗装しなおされていた。
津波はこの護岸を乗り越え、一度に何十人もの小学生を飲み込んだ。

仙台から海沿いに北上し、約120Kmで南三陸町のホテルに着いた。
南三陸町の市街地に入る手前の崖の上に立つ、眺望がすばらしいホテルだ。

志津川湾のウミネコ
ホテルの部屋の窓際に来た志津川湾のウミネコ。

志津川湾の夜明け
志津側湾の夜明け。
早起きの漁師たちが、わかめを取り入れに忙しい。
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2012年03月18日

仙台市若林区荒浜

仙台市若林区荒浜に立ってみた。

ガソリンスタンド.JPG
ガソリンスタンドは屋根と骨組みだけが残る。

荒浜ー基礎のみが残る風景.JPG
がれきが片付けられ、基礎のみが残る住宅地。

荒浜ーモニュメントのような家.JPG
なんとか流されないで立っていた家。屋上に流されてきた別の家の屋根が乗っている。

荒浜-墓地の風景.JPG
墓地には、流された墓石が集められ、積み重ねられていた。

荒浜小学校ー体育館.JPG
荒浜小学校の体育館は破壊の痕跡を生々しく伝えている。

荒浜小ーバイク集積.JPG
校庭にはなぜかバイクやトラクターの残骸が集められていた。

荒浜小ー二宮金次郎.JPG
校門前には流された二宮金次郎の像が戻されている。

荒浜の再生を心から願う.JPG
住宅地のあちらこちらに黄色いハンカチのツリーが作られていた。

伊達政宗の時代は.JPG
帰りに寄った青葉城址。
伊達政宗の時代も津波はあったのだろうか。

合掌。
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2012年03月17日

家族旅行

今日から家族旅行なのだ。
3泊もするのだ。
東北方面へ行くのだ。
でも朝から雨なのだ。
...
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2012年03月16日

笑顔がいちばん

ニュースで福島第一原発の地下のようすが流れていた。
放射線量は毎時160ミリシーベルトだそうだ。
通常の300万倍!
うへぇ。

きょうは北風がおさまり、おだやかな天気。
横浜の朝の気温は4℃。昼間も10℃までしかあがらない。
杉花粉がピークの時期で、そろそろひのき花粉も飛び始める。
いつもどおり、もよこちゃんが笑顔で教えてくれた。

ブラウザの画面では、東京や京都や金沢や名古屋や埼玉の美人が毎分笑顔で時刻を教えてくれる。
朝から笑顔がいいですね。ほんと。

2012年03月15日

介護とイゲルエラと公園と

「きょうは北風が強くなりそうです」ともよこちゃんが教えてくれた。でも気温は13度まで上がるそうだ。

昨日は静岡の実家に帰り、母の介護の打ち合わせをした。
ケアマネージャさんとヘルパーさん、デイサービス施設の担当者、ショートステイ施設の担当者。
みんな母の介護プランの検討で集まってくれた。
毎年、みんな集まってくれる。
みんな忙しい中集まってくれて本当にありがたい。

イゲルエラ
実家から戻ったあとワインを飲んだ。
僕のお気に入りのイゲルエラ。スペインワインである。
ちょっとだけ禁酒していたので3日ぶりのワインだ。
母のことや介護のことやいろいろと複雑な気持ちだったけど、やっぱりワインはうまい。

そういえば、最近テレビで放送されているキリンフリーのCMで瑛太と杏がヨガをやっている公園、すごく見覚えがある。
水曜どうでしょうのオープニングとエンディングで使われてい場所にすごく似ている。
大泉洋と鈴井貴之じゃなくて瑛太と杏があの場所にいるのはちょっと違和感があるけど、なんだか新鮮でもある。
気のせいかもしれないけれど。

2012年03月14日

家庭用放射線測定器

家庭用放射線測定器を購入してしまった。

AIRCOUNTERS.JPG
エステーから発売されている「エアカウンターS」。ヨドバシドットコムで5千円台で買えた。
スイッチを入れるだけで、約2分で測定ができる。
とっても簡単。

で、とりあえず家の周りを計ってみたけど、特に放射線が高いところは見つからなかった。

先月、うちから歩いて15分ぐらいのところで、毎時6.85マイクロシーベルトが検出されてニュースになった。
土の表面から地下10センチでも1キログラム当たり1万1600ベクレルの高濃度の放射性セシウムが検出された地点もあったとのことである。

今月になって横浜市が土壌をコンクリート製の箱に入れ、現場に埋めて処理をした。
横浜市の発表によると、原因は現場に隣接する空調設備会社が、神奈川県内の商業施設などの空調フィルター(縦横約50センチ)を毎月数百枚、会社敷地内で水洗いしており、その排水が現場(排水路跡地)に流れ、放射性物質が堆積したと考えられるそうだ。

もしやと思って、温風ファンヒータのフィルターの部分で放射線量を測定したら、ほかの場所よりちょっとだけ高かった。
あまり気にする線量ではないらしいが、フィルターを掃除するときはマスクでもしておこう。

「東から西日本、冬の寒さ続く」と、もよこちゃんが教えてくれた。
革のコート着ていこうっと。

2012年03月13日

関東から九州まで大量花粉飛散

きょうは関東から九州まで大量花粉飛散と、もよこちゃんが教えてくれた。
マスクしていかなくっちゃ。

そういえば、去年のいまごろ、マスクをたくさん買ってきた。放射性物質飛散対策だったんだけど、結局あんまり使わなかった。目に見えないし、鼻水が出る訳でもないし、連日、テレビで「たいしたことない」って放送していたせいもあるかもしれない。それに去年は花粉が少なかった。
最近になって、うちの近所でも基準値超えの放射性物質が検出される場所が見つかった。子供にはマスクさせたほうがよかったかな。

で、今年は去年買ったマスクを使って花粉対策なのだ。

ブルゴーニュ
ブルゴーニュ ピノノワール
これは先週の木曜日の写真。
なんと、夕べは禁酒した。

おかげでさわやかな目覚めである。

2012年03月12日

ぽんっと音がしたような気がした

ぽんっと音がして(正確にいうと、ぽんっと音がしたような気がして)白い煙があがった。
あの地震の翌日、入院している義母を見舞いに行ったとき、病室のテレビが映し出した映像だ。
「原発がやばい」って思った。

でも、画面は鮮明じゃなく、テレビではずっとポンチ絵で説明されていた。どの程度の爆発なのかよくわからなかった。

最近見た写真集に掲載されている無人機から撮影した写真では、壊れた建屋が鮮明に写っており、爆発のすごさがよくわかる。
説明には、3月24日と書いてあった。

12日の時点では、こんなにひどいなんてわからなかった。
少なくとも、テレビなどの報道からは僕はわからなかった。

鮮明な画像を見れるか見れないかというのはかなり違うと思う。個々の判断にかなり影響があるんじゃないかな。

697.3Kmと鹿肉と

693.7Km。
一年間の自転車の走行距離。
これでは予定のほぼ一ヶ月分。なさけない限りである。

4月からは仕事も生活も一新するつもりだ。
心を入れ替えて、がんばろう。

鹿肉
先週、知り合いから鹿肉をいただいた。
北海道から送ってもらったそうだ。
ちょっと固いのだけど、野性味にあふれており、うまかった。
ごちそうさま。